1970年代

1970年代 に関する記事です。

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春のクラシック戦線の皐月賞は、前半1000m58秒8という時計を前半叩き出し、競りかけた相手を勝負根性で潰してロングホーク・エリモジョージの追撃を振り切り逃げ切り勝ちのカブラヤオー、

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トウショウボーイが引退し、テンポイントも世を去り、7歳になったグリーングラスだけがターフに残った。しかしこの年は更に脚部不安に苦しめられ、アメリカジョッキークラブカップ2着後、4ヶ月ぶりのぶっつけで宝塚記念に出走したが3着。結局この2戦のみでシーズン後半を迎え、休養明けのオープンレースを2着して久々に調子を上げて臨んだ12月16日の有馬記念を、引退レースと決めたのである。

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朝日杯3歳ステークスでマルゼンスキーは、80%程度の仕上げで出走(100%に仕上げたら脚がもたなかったといわれている)。レースはほぼ馬なりで1600mを1分34秒4というタイムで走破し、着差は2着ヒシスピード鞍上の小島太に『バケモノだ』と言わしめた程の13馬身差の圧勝の上に、本気で追っていたら後2秒は早いタイムを出せたと言わしめる程の内容であった。




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トウショウボーイは1976年有馬記念を1番人気で迎えた。このレースにはテンポイントや牝馬クラシック二冠馬テイタニヤ、天皇賞馬であるエリモジョージ・アイフル・フジノパーシア達が出走してきた。

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1972年7月12日大井競馬場でデビューし、6連勝を飾った。その内容は、常に2着馬に7馬身以上の着差をつける楽勝で、初戦と4戦目はレコード勝ち。いずれのレースにおいても騎手が本気で追うことはなかったという。

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